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2008年2月29日 (金)

狂言教室

今朝は栃木県小山市の小学校で日本財団助成事業の狂言教室がありました。

5・6年生の子供達に能面や装束を見せ、能の成り立ちや特長を話した後に狂言の「柿山伏」を実際に鑑賞して貰って、その後に狂言方の皆さんによる体験ワークショップ。そして最後に私が子供達から質問を受けて終了。約2時間の公演でした。

みんな寒い体育館に座っての鑑賞でしたがとても行儀良く積極的に参加してくれました♪

学校訪問型の助成事業は今年度で一区切りですが、今後も出来る限り多くの子供達に鑑賞の機会を作っていきたいと思っておりますので皆様のご理解とご協力を心よりお願い申し上げます。

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2008年2月25日 (月)

百萬

土曜日の「若竹能」ではB師が頑張っていました。途中ツレを縛っている縄がほどけかかって後見がハラハラするシーンもありましたが、囃子も地謡も気合いの掛かった良い舞台だったと思います。

そして私はその晩に飛行機で高知へ参りました。春一番が吹いた大荒れの日で飛行機が遅れて夜遅くの到着でしたが思わぬ雪の歓迎を受けました・・・さっき帰って参りましたが本当に寒かったです!

高知では日曜日に兄弟子の新年会がありそのお手伝いに伺いました。そして番外仕舞に「笹之段(百萬)」を舞わせていただきました。先日父が亡くなってから初めて舞う曲でしたが、一昨年母が亡くなったときもその直後が百萬でした。これも何かの縁と思い父への供養と思って心を込めて舞わせていただきました。

今月も残り少なくなって参りましたが来月には「七騎落」が横浜でございます。ドラマチックに面白く勤めたいと思っていますので皆様ぜひお越し下さいませ♪まだチケットもございますのでお電話をお待ち申し上げております。

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2008年2月21日 (木)

若竹能

本日は矢来で土曜日に催される「若竹能」の申し合わせ。今回は若手B師の「巻絹」で私は副地頭でした。

当代観世喜之に師事する若手(元?)が年に2回シテを持ち回りで舞う会ですが、今回と7月で現メンバー全員が二番づつ勤めることになります。始めた頃は三十代だった私ももうすぐ五十になろうかという今日この頃、もう「若竹」ではなく「煤竹(すすだけ)」って感じです(笑)

でも毎回良い舞台を作ろうとみんなで集まって稽古をしていますので是非いらしてみて下さいませ!明後日の土曜日14時から矢来能楽堂です。当日券もございますのでよろしくお願い申し上げます。

「巻絹」は巫女をシテとする狂女物で初めての方にも面白くご覧頂ける曲目です♪シテも地謡も気合いを入れて頑張りますのでご期待下さいませ。

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2008年2月16日 (土)

公式戦デビュー

今日は喜多六平太記念能楽堂での「緑泉会」で、私は今日が玄人会ではじめてシテを勤める若手女流の「経正」と仕舞の地頭を勤めて参りました。

申し合わせが父の葬儀と重なったために当日の朝に無理を言って軽く合わせをさせて頂きました。シテが地謡に合わせて出るのでぶっつけではちょっと気の毒だと思ったもので・・・かなりシテは緊張してましたから少しでも余計な神経を使わせたくないですからね♪

結果は頑張って勤めていました!これからがいよいよプロとしての厳しさを味わうことになるので頑張って欲しいと思います。

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2008年2月15日 (金)

感謝

先日の父の葬儀の際にとても大勢の方々にお世話になりました。

お通夜の直前まで雨の降るとても寒い夜に、駅からの誘導や駐車場の案内、テントでの受付など、本当に多くの方がお手伝いに来て下さいました。鎌倉ロータリークラブやJC(青年会議所)の先輩・後輩の皆様、観世九皐会の仲間達、昔からこちらがお世話になりっぱなしの方々・・・本当に感謝の申し上げようもございません。

改めて自分が如何に大勢の方々に支えられているかがよくわかりました。今後は私も出来る限り人様のお役に立てるよう心掛けて参りたいと思います。なにとぞ今後ともご指導・ご鞭撻の程よろしくお願い申し上げます。本当にありがとうございました。

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2008年2月14日 (木)

一段落

先週亡くなった父の葬儀が昨日滞りなく終わりました。あまりに急なことでご連絡できなかった方には本当に申し訳ないとお詫び申し上げるしかありません。

亡くなった翌日の各新聞に記事が載りましたが三連休の初日だったのでご覧にならなかった方も多かったようです・・・でも大勢の方が父とのお別れに駆けつけて下さいました。お忙しい舞台の合間に駆けつけてくださったり、朝早くに鎌倉まで弔問に来て下さった先生方もいらっしゃいました。

連休中はは舞台があり(私も日曜日の九皐会には出勤いたしました)どうしても葬儀を火曜日以降にせざるを得なかったので11日の私の誕生日が父の納棺という巡り合わせでした。

父は最後まで自分の信念を曲げず、絶えず周りに喧嘩を売り続けた人でした・・・でもその父の最後に際して観世宗家を始めとても多くの先生方やお弟子様からお花を頂き、名古屋や仙台などのご遠方からもご弔問にお越し下さいましたこと、本当に嬉しかったです。また父の友人の方や今まで数々の舞台でお世話になった劇場や会社関係の皆様からもお花や弔電をたくさん頂き、懐かしいお顔を拝見することも出来ました!

そしてお通夜から最後の法要までご出席下さいました師匠ご夫妻には心より御礼を申し上げます。本当に力づけられて最後まで父を見送ることが出来ました。

これで鎌倉能舞台の歴史の1ページが終わり今日から新たなページが始まりました!私も能の普及に勤め、よりよい舞台を勤めて参りますので皆様のご指導、ご鞭撻を心よりお願いしてご挨拶とさせていただきます。

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2008年2月 8日 (金)

親の・・・

本日の九皐会申し合わせでの「絵馬」の地謡は無事に勤めました。声もまぁまぁ出ましたし、普段気になる緩急の具合もとてもイイ感じになっていたと思います。

午後からは来月にシテを勤める「難波(なにわ)」の稽古能があり気合いを入れて勤めておりました、が・・・後シテになって天女之舞で床几に掛けると師匠が近づいてきて「ここで止めて良いから直ぐに帰りなさい」とのお言葉!

実は父が先日から体調を崩して入院していたのですが、容体が急変したとの連絡が入ったのです。が、父は常々「役者は親の死に目には会えないのがあたりまえ。おまえも俺が死んでも舞台には穴を開けるんじゃないぞ」と言っていました。ですから「父に叱られますから最後まで勤めさせてください」と最後まで勤めさせていただきました。稽古能ですから途中で止めてもとは思いましたが、父のことを思うと逆に止められませんでした・・・が、それで動揺して間違えてるようではダメですよね。

終演後急いで父の病院に向かいましたが父は帰らぬ人となっていました。一昨年母が亡くなったときにも公演で名古屋にいて最後を看取れなかったのですが、今回は臨終の宣言には間に合いました。

父は本当に能を愛し、能の将来を考え続けた人でした。亡くなる直前までお弟子様のお稽古をしていましたので、まさかこんなに急にいなくなるなんて思いも寄りませんでした。まだ実感が湧きませんが、この後の舞台も精一杯勤めることが父への一番の供養になると思いますのでこれからも頑張っていきたいと思います。生前お世話になった皆様には心より御礼を申し上げまして、ご報告とさせていただきます。

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2008年2月 7日 (木)

う~ん・・・

先週から風邪が治らない・・・2日の府中でも喉が切れたみたいに痛いのを薬でなんとか声を振り絞って勤めたら翌日から全然声が出なくなった!

その後病院に行ったり稽古を休ませてもらったりして大分良くはなったんだけど、ちょっと謡うとすぐに咳が出て声が掠れる。これは困ってしまいました・・・

明日は九皐会の申し合わせで「絵馬」の地謡があり、その後に稽古能で「難波」のシテを舞わなくてはならない。一番声を張らないとマズイ脇能のシテ、何とか最後まで声が持てば良いなぁ。

3月の九皐会でシテ「難波」のシテを勤めます。まだ空席がございますのでご希望の方は私までお問い合わせ下さいませ。また、その前の県民能横浜公演の「七騎落」もお席をご用意いたしますのでぜひご来場賜りますようよろしくお願い申し上げます。

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2008年2月 2日 (土)

伏して訂正・・・

今月のメルマガで「雲林院」を梅の曲として書いてしまいました。締め切り間近に慌てて原稿を書いたのできちんと調べなかった私のミスです!謡本には「桜立木台」と書いてあるのでこの曲はですね・・・文中に「如月」の単語があるので二月は梅だと勝手に思いこんでしまっていました。以後重々注意いたします。申し訳ありませんでした。

Fucyu_092 本日の府中市民能、「通小町」のツレ(昼の部)とシテ(夜の部)のダブルヘッダーと言う無謀な企画も無事に終わり(今日一日で1.5㎏痩せました!)、2月がスタートいたしました。これからも頑張って参りますので、よろしくお願いいたします・・・m(__)m

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